私たちのこども園

法人理念​

関東学院大学の校訓「人になれ 奉仕せよ」。これは、関東学院の初代院長 坂田祐が第1期生の入学式で述べた言葉です。キリスト教の精神に基づき、生涯をかけて教養を培う人間形成に努め、人のため、社会のため、人類のために尽くすことを通して己の人格を磨く、というこの関東学院の教育方針は、130年余にわたって継承されてきました。

 

キリスト教に基づく保育理念

キリスト教保育は神によっていのちを与えられたものとして、神の愛と恵みのもとで生涯にわたる生きる基礎を培います。
「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」(ヨハネによる福音書 15章12節)このキリスト教精神を柱に、自分が神様から愛されているかけがえのない存在である事を知り、自分と周りにいる友だちのありのままを認め合い、大切にし合っていく生活づくりをしていきます。

のびのびのば園の想い

私たちの園では時間をかけて生涯に渡る「幸せの種まき」を日々の保育・教育を通して行っています。
関東学院のびのびのば園は、大学まである総合学園として130年余の歴史のあるキリスト教理念に基づいた教育機関の下に生まれました。野庭地域の発展と共に野庭幼稚園の時代を経て、地域の子供たちに向けて保育・教育がさらに開かれた園として、2012年に幼保連携型認定こども園「関東学院のびのびのば園」としての歩みを始めました。

当園では「人になれ、奉仕せよ」という初代学院長が遺された校訓を引き継ぎ、キリスト教保育を指針として保育・教育を行っています。自分を大切にして喜んで生き、働き、奉仕できる人財の輩出を目指しています。人は、みな幸せな人生を歩むために生まれてきました。幸せの定義は人それぞれですが、神さまから与えられたすべてのいのちそのものが最初の祝福、すなわち幸せの基であることから、子どもの全存在を認め、愛し、励まし、違いを認めて助け合う、それが関東学院のびのびのば園です。

関東学院のびのびのば園
園長 仲程 剛

園長の想い

わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい

(ヨハネによる福音書15章12節)

 のびのびのば園では、子ども一人ひとりが、自分が神様から愛されているかけがえのない存在であることを知り、自分とお友だちをその「ありのまま」で愛しゆるすこと、そしてお互いを認め合い、大切にし合っていく生活づくりを目指していきます。

 

 ゆるすことは、諦めることではありません。自分を信じ相手を信じる、そしてそれぞれの未来に希望を持つことによって、ゆるすことができると思います。

 

 自分や友だちを信じることは、自分の気持ちや考えを大切にし、同時に友だちとの関わりを深める中で、相手の気持ちや考えを思いやること、つまり、「お互いを認め合うこと」から、始まります。

 そしてのびのびのば園では、子ども一人ひとりの「自分でやってみよう」とする主体的な気持ちを大事にし、子ども達の自立していく可能性に寄り添います。

 また、友だちとの生活や遊びや対話を通して、子ども自身が、様々なできごとや身の回りの環境に興味を持ち、自分で考え判断し、工夫しながら人や物やできごとに向き合うようにします。

 同時にそのことを表現する楽しさを味わいながら、表現の幅を広げていきます。

 職員一人ひとりが、神さまに愛されゆるされているものとしての子どもの全存在を認め、愛し、励ますことで、子ども自身が、自分も相手も愛し、違いを認めて助け合う。 

 そのような園でありたいと思います。  

園長の想いⅡ

「やる気」のスイッチ
~やる気を持続させる為に~

 

以前、ある番組で「5秒ぴったりでストップウォッチを止める」という単純なゲームを30分やり続ける実験を行っていました。

その実験によると、ゲームの結果によって報酬(お金)があるグループは、まったく報酬がないグループに較べて「脳の中の線条体という部分が活発化する」(つまりやる気が出る)ことが顕著に表れることが分かりました。

しかし同時に、「報酬」によって活発化した脳は、「報酬」がなくなると、同じ作業をしても全く活発化しないことも分かりました。(当然ですが、もともと報酬のないグループは、報酬がなくなっても、変化なく(多少でも)活発化しています)

つまり、物やお金でつって一時的に「やる気」を出させても、それ以降は物やお金がないと、かえって「やる気」が無くなってしまうということになるということです。

それに対して、その作業をする時に「作業そのものを楽しい」と思ったり、人に言われたのではなくて「自分の意志でやっている」と感じたりしている脳は、線条体だけではなく、脳の広い範囲が活発化して、しかもそれが持続していることが分かりました。

要するに、外からの報酬によってではなく、「自らの意志で(目的をもって)行うこと」や「充足感という報酬を自分自身に与えること」ができると、「やる気が」が持続するということです。

「自らの意志」とか「そのこと自体を楽しむ」とか「充足感」という言葉はよく聞きますが、どちらかと言えば「スタート」とか「きっかけ」に関わる印象が強く、やる気の「持続」につながることはあまり意識されていないようです。そしてこの「やる気の持続」は、何かにチャレンジした際に生じる困難なことやトラブルがあった時に、それを乗り越える力にもつながってくると思います。

そしてもう一つ、人は「ほめられる」と、やはり脳が活発化するそうです(当たり前と言えば当たり前のことなのですが)。活発化の度合は、物やお金の報酬がある時ほど顕著

ではありませんが、脳のより広い範囲が活発化し、活発化する持続時間も長いそうです。

ただ、「ほめられる」ということは「社会的な報酬」です。ですから、「ほめる」ことが、「自らの意志で(目的を持って)行うこと」や「充足感という報酬を自分自身に与えること」につながらないと、(お金の報酬と同様に)「やる気」を持続させるために「ほめ続ける」ことになりかねません。

このことは当然、勉強や運動、そして将来働くということも含め、生活全般に結びつくと思います。例えば、お小遣いを得るために、またはほめられるためにだけ「家のお手伝い」をしても、「やる気」は持続しません。子ども自身が、お手伝いそのものに「楽しさ」「喜び(喜んでもらう喜びも含め)」、そして「満足感」「充足感」を見出さなければ、一時的な「やる気」が出ることはあっても、それは持続しません。だから私たち大人は「報酬」としてほめるのではなく、子どもの「喜び」や「充足感」を認めるために「ほめる」のだということを忘れてはいけないと思います。

幼児期は、「ほめられることが喜び」という時期だと思います。だからこそいっぱいほめてあげることは大切ですが、つい「ほめる」ことをご褒美(報酬)にしてしまい、保護者や保育者の「喜び」やそれを感じる子どもの「喜び」をないがしろにしてしまうことはないでしょうか?

わたしたち大人は、子どもが持続する「やる気」のスイッチを押してあげたいと思います。

 

園長の想いⅢ

「やる気」のスイッチ
~やる気を持続させる為に~

よく、「子どもを育てるにはほめることが大事」と言われますが、実は上手にほめるのは意外と難しいことでもあります。

子どもに向かい合うとき、どうしても「頑張ってほしいこと」(多くはその子の苦手なことです)に目が行ってしまい、ついしかってしまったり、子どもなりに頑張っていても「もっとできるのでは」と、さらに叱咤激励したりすることはないですか?

また、バイブルクラスでお話して下さる横浜聖書バプテスト教会 長江潤先生が、「保護者が子どもを叱るとき、子どもの行動の良し悪しによって叱るのではなく、保護者自身がこだわっているルールやスケジュールに子どもが沿ってないということで叱ることがある。そしてそれは、保護者のイライラの発散でしかないことがある。」というようなお話をしてくださいました。

それらのような時に「そうだ『しかる』よりは『ほめる』方がいいんだ」と気がついて、形の上でほめていても、実はほめているのではなく、大人の思い(時には感情)を子どもにぶつけてしまっているだけのことがあります。

実は、「ほめる言葉」には幾つかのグループがあるようです。

A:子どものやった結果をほめる ⇒ できたね、すごい、上手だね、かっこいいね 等

B:子どもの頑張りを認める ⇒ がんばったね、一生懸命やったね、すごいぞ 等

C:子どもの成長を認める ⇒ 成長したね、お兄ちゃんになったぞ、上手になったね 等

乳幼児の頃は、Aのほめ方が良いでしょう。というか、自然にそうなるはずです。例えば、「絵を描く」という行為についても、それがどんなに未熟な絵であっても、わが子が描いたというだけで、親御さんにとってはとても素晴らしい作品です。まずは、子どもが行った結果(出来不出来は関係なく)を無条件にほめて(喜んで)あげるのです。大人は、心から結果を喜び、そしてその喜びを子どもと共有することがとても大事です。

一方、成長するにつれて「結果」をほめるのではなく、徐々にBやCのように「頑張り」や「成長」を、「ほめる」=「認める」へと移行していく方が良いように思います。

小学校の中学年くらいから、他の人からほめられることを喜ぶだけでなく、自分の中に自分自身をほめ・認める「内的な基準」を持つようになると言われています。この基準が確立すると、いたずらに他者の評価に左右されることがなくなります。それは自分に対する「自信」と言えます。乳幼児期に無条件にほめられるという経験の多かった子どもは、この「自信」をしっかり持つことができると言われています。

「上手にほめる」とは、この「自分を認めることができる、自信のある子」を育てることだと思います。そしてそれには、BやCのほめ方が、より効果的だと思います。

Aのほめ方だと、成功しなければ、または上手にやらなければ、ほめられないため、子どもは結果だけに目が向いてしまいがちです。それは、場合によっては、子どもを「結果のためには手段を選んでいられない」という状態に追い込んでしまうことになるかもしれません。それは、自分に対する自信を無くす方向に向かってしまいます。

「上手にほめる」とは、結果にこだわることなく、また他の誰とも比べるのではなく、お子さんの「頑張り」と「成長」をしっかり認めてあげることだと思います。

保育目標

自分でやってみようとする主体的な気持ちを大切に、子ども達の自立していく可能性に寄り添います。

友だちとの生活や遊びや対話を通して、様々な事象や環境に興味を持ち、考えながら工夫して表現する楽しさを広げます。

自分の気持ちや考えを大切にし、友だちとの関わりを深める中でお互いの違いを認め合い思いやる心を育てます。